2025年1月14日更新
水産製品のサプライチェーンでは、食品安全上の問題発生時の対応や原産地表示の正しさの検証などの食品共通の課題に加え、水産資源ひいては水産業のサステナビリティという世界共通の課題の解決策の一つとして、トレーサビリティに期待が寄せられています。
人間の漁獲能力が世界的に高まった現在、共有財産である水産資源を維持するためには、獲りすぎないこと、つまり規制を設けて漁業活動をコントロールし、再生産可能な範囲内で資源を利用することが必要です。このコントロールの基本的な手段の一つが漁業者等による政府機関への漁獲報告(と漁獲枠等の規制への適合の政府機関による確認)です。この漁獲報告の仕組みを機能させるには、漁獲報告をせずに漁獲物を販売するのを阻止することが必要です。そこで期待されているのがサプライチェーンを通じたトレーサビリティ(とトレーサビリティのない水産製品の流通の取締り)です。
一方、漁獲証明制度は、国境を越えて流通する水産物を対象とした制度です。輸入国の政府機関が、輸入にあたり、正統な漁獲であることを漁業国政府が保証する漁獲証明書の提出を求めることで、漁獲報告のないものも含め違法に漁獲された水産物の輸入を妨げる仕組みです。この制度においても、漁獲から輸入までのトレーサビリティが必要です。
これらの制度では、漁業者・産地市場・加工業者・卸売業者などサプライチェーンの事業者が正統な水産物を扱う場合にも、記録の作成・保存、情報伝達などの新たに義務づけられる役割を果たすことになります。政府機関にも、提出された報告や、申請された証明書のチェックなどの負担が生じます。そこで、民間事業者と政府機関の双方において、それぞれの役割をなるべく効率的に実施し、正統な漁獲物の流通に過度な負担をかけることなく、違法な漁獲物の流通はしっかりと妨げる仕組みを構築することが重要です。その鍵となるのが、漁獲報告・漁獲証明書・トレーサビリティのデジタル化です。
漁獲報告、漁獲証明書はいずれも世界的に、法令に基づいてデジタル化が進められつつあります。日本では、2018年に改正された漁業法や、2022年から施行されている水産流通適正化法も含め、いまのところ電子的な報告や電子的な漁獲証明書申請・発行を求めるような法令は見あたりません。が、国際的な制度やそのデジタル化について理解し、政府と民間事業者が協力して、制度や情報システムを整えていくことが重要と思われます。
このページでは、EU、米国、さらに国際条約に基づく漁業管理機関における漁獲報告、漁獲証明書、トレーサビリティを含む制度やそのデジタル化の動きを紹介します。漁獲証明や漁獲報告に関わる制度や情報システムの設計・開発・実施・見直しの参考になれば幸いです。
漁獲証明制度は、水産物の貿易の際に、漁船旗国の管轄機関が「その水産物は適法な漁獲に由来する」と認証した漁獲証明書(catch certificateまたはcatch document)の添付を求めることにより、IUU漁業由来の漁獲物の流通、ひいてはIUU漁業そのものを妨げる仕組みです。
以下、諸外国や国際機関の制度について、紹介します。
漁獲証明制度には、EUの漁獲証明制度(catch certification scheme)や日本の水産流通適正化制度(のうち、特定第二種を対象とするもの)のように、輸入国側が輸入製品への漁獲証明書の添付を要求する片務的(unilateral)な仕組みと、地域漁業管理機関による漁獲証明制度(catch documentation scheme)のように、参加国同士が互いにcatch documentの添付を要求する多国間(multilateral)の仕組みとがあります。
欧州連合は2008年に定めたIUU規則1005/2008により、2010年1月から、加盟国が輸入する水産物への漁船旗国政府機関による漁獲証明書(Catch certificate)の添付を求めています。日本も含め諸外国からEU加盟国に水産物を輸出する場合、漁獲証明書を作成し、漁船旗国の政府機関の認証を受けることが必要です。
2023年末にIUU規則が制定以来15年ぶりに改正されました(改正規則2023/2842による)。この改正には、(1) 漁獲証明書の提出先の一元化とデジタル化、(2) 漁獲証明書の項目の修正、(3) 漁獲国での加工に対する加工申告書(Processing Statement)の適用、が含まれます。改正事項の多くは、2026年1月10日から実施されます。
<欧州連合による情報源>
現在運用中の制度
2023年12月の改正規則とその実施
<日本の水産庁による情報源>
米国は2018年1月より、輸入水産物を対象とした水産物輸入監視制度(SIMP)を開始しました。米国の輸入業者に対して、漁獲・陸揚げ段階のデータの提供と、陸揚げ段階から輸入段階までの記録の保存を要求しています。日本を含む諸外国から米国にカツオ、マグロ類、メカジキ、サメ類、エビ類など特定の魚種の製品を輸出する場合に、漁船名・漁船登録番号・漁具・陸揚げ日など漁獲・陸揚げ段階の履歴情報を、米国の輸入業者に提供することが必要です。
SIMPは漁獲国政府による漁獲証明書を必要としない、という点で漁獲証明制度とは異なるのですが、そのかわり米国の輸入業者が輸入から陸揚げまで遡及できる記録を保持し、必要に応じて検査に対応する必要があります。
NOAAは、2024年11月14日にSIMPの強化に向けた行動計画を発表しました(発表資料)。対象魚種の拡大のほか、事前審査の導入が掲げられています。現在は、必要なデータが揃っていれば輸入できる(後日サンプリングした一部の輸入を対象に、記録に基づく監査をする)ようですが、将来は、事前のデータ提出(72〜96時間前を検討中)を求め、これまでのデータやAIを利用し、データの内容からIUU由来の疑いが強いものを特定し、米国への流入を防ぐことを目指しています。
<米国政府による情報源>
<日本語の解説資料>
<韓国>
地域漁業管理機関(RFMO)によって実施されている漁獲証明制度(CDS)には、以下のものがあります。
なお、「統計証明書」は、漁船旗国が発行し貿易される貨物に付随する文書である点は漁獲証明書(catch certificate)と同じですが、漁獲・陸揚げ段階の詳細情報が必ずしも記載されません。
<ICCAT(大西洋まぐろ類保存国際委員会)の大西洋クロマグロを対象とするCDS>
欧州と米国の制度においては、漁業者が魚種ごとの漁獲量等を管轄機関に報告するだけでなく、漁業者から最初に荷受した業者も販売記録(sales notes)を報告します。漁業者からの報告義務は、一定以上の規模の漁船等に絞って課される傾向がありますが、荷受した業者による販売記録は、より網羅的かつ電子的に管轄機関に報告されます。
なお日本の漁業法においては、漁獲報告の義務の対象は漁業者にあり、荷受・販売した業者は、荷受・購入した数量等を報告する義務がありません(漁協等が漁業者から委任を受けて漁獲報告をすることがあります)。
欧州連合では、EU漁船の船長に漁業操業日誌(fishing logbook)と陸揚げ申告(landing declaration)の記入と管轄機関への提出を求めます。また漁船から荷受した販売業者にも販売記録(sales note)の管轄機関への提出を求めています。そして加盟国の管轄当局は、両者からの報告を電子的なシステムによって蓄積し、確認を行っています。水産物のトレーサビリティ(具体的には事業者間のロット情報の伝達など)も要求しています。
この規則については、2018年5月に欧州委員会から改正案が提出され、欧州議会での検討を経て、2023年12月に改正されました。改正案はIUU漁業規則の改正も含まれています。
<マグナソン・スティーブンス漁業保存管理法による規定>
米国では、マグナソン・スティーブンス漁業保存管理法により、海域ごとに8つの地域漁業管理理事会(Regional
Fishery Management Councils)がされ、漁業管理計画の作成・監視・見直しを行っています。
この漁業管理計画で定める事項を示す第1853条
(a)項では、米国漁業者が当局に報告すべき事項(使用された漁具の種類と数量、魚種ごとの漁獲量、操業がおこなわれた水域、操業の時間など)を漁業管理計画のなかで定めるよう、規定しています。(第1853条
(a)(5))
また第1881条(a)項によると、商務長官は「標準化された漁船登録および情報管理システム」(a standardized fishing vessel registration and information management system)を実施するよう勧告を行います。この勧告には、合衆国の水産加工業者、水産物の販売業者(dealer)およびその他の漁船からの最初の購入者に対して、情報を提出を要求するよう、規定されています。
<北東部の事例>
米国北東部にあたる大大西洋管区における記録・報告の定めが、連邦規則集の第50編648条7項のなかで定められています。
漁業許可を受けたすべての漁船の所有者(owner)または操業者(operator)は、航海ごとに漁船航海報告書(Fishing
Vessel Trip
Report。漁船名・許可番号、漁具の種類、漁獲水域、魚種ごとの陸揚げ・廃棄の推定重量、陸揚げ港、販売日、販売業者の許可番号・名称を含む)を作成し、報告書を船上に保管するとともに、NMFSに報告する必要があります(648条7項(b)(1)(@))
また連邦政府から営業許可を受けた販売業者(dealer)は、詳細報告書(detailed
report。仕入先の漁船の名称・許可番号、購入日または受領日、魚種ごとの数量・単価・価額、陸揚げ港を含む)を作成の上、保管し、地域の管理当局に提出する義務があります。(648条7項(a))
以下、漁獲証明・漁獲報告・水産物トレーサビリティに関わる食品需給研究センターが関与した報告書・ガイドライン等をリストします。
漁獲証明書(catch certificate)
漁獲証明制度(catch documentation scheme)
食品のトレーサビリティ(traceability)
一般社団法人食品需給研究センター Food Marketing Research and Information Center
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