2008年1月11日
社団法人 食品需給研究センター
「トレーサビリティ」という言葉は、2003年以降、新聞・雑誌等のマスメディアにおいて、しばしば「生産履歴」「履歴管理」等と言い換えられてきました。残念ながらこれらの言い換えは、日本国内においてトレーサビリティという概念への誤解を生む原因となっています。
そこで社団法人食品需給研究センターは、トレーサビリティの言い換え語として、「追跡可能性」または「追跡能力」を当てることを提案いたします。また説明を施す際には、対象が食品ならば、「食品の移動を把握できること」と説明することを提案いたします。
マスメディア各社様において、外来語言い換えのガイドライン・基準等を持っておられる場合には、トレーサビリティの言い換え語の見直しをご検討くださいますよう、お願い申し上げます。
トレーサビリティは、traceabilityをカタカナにした言葉です。日本国内では、2001年のBSEの発生をきっかけとして、この言葉が注目されるようになりました。当時は国際機関でも、traceabilityという言葉の定義が検討されている最中でした。日本では、農林水産省の補助事業の一環として、業界・消費者団体の代表や専門家からなる委員会が検討して策定した「食品トレーサビリティシステム導入の手引き」(2003年4月発行の初版)に、以下の定義が示されました。
「食品トレーサビリティシステム導入の手引き」(2003年4月発行の初版)における定義
食品のトレーサビリティ(追跡可能性):
生産、処理・加工、流通・販売のフードチェーンの各段階で、食品とその情報を追跡し遡及できること
この定義は、欧州委員会が2002年に定めた「一般食品法についての規則(EC)No178/2002」における定義(第3条15)や、ISO 9000における定義を参考に、委員会が検討を重ねた上で定めたものでした。
この「食品トレーサビリティシステム導入の手引き」初版公表とほぼ同じ時期に、独立行政法人国立国語研究所から、「外来語」言い換え提案が発表されました。その中に、トレーサビリティーの言い換えの提案が含まれており、「履歴管理」とされました。この提案は、「トレーサビリティー」を「生産流通の履歴を管理するシステム」と解釈した上で、それを「履歴管理」と縮約したものです。この言い換えは、「食品トレーサビリティシステム導入の手引き」初版における言い換え(「追跡可能性」)と異なります。
その後、ISO、コーデックス委員会といった国際機関において、トレーサビリティという言葉の定義が明文化されていきました。そのなかで、コーデックス委員会(FAO及びWHOにより設置された国際的な政府間機関であり、国際食品規格の作成等を行っています)が2004年に下記の定義を採択しました。
コーデックス委員会による定義
traceability/product tracing:
the ability to follow the movement of a food through specified stage(s) of production, processing and distribution
(邦訳:生産、加工および流通の特定の一つまたは複数の段階を通じて、食品の移動を把握できること)
日本国内でも、食品トレーサビリティに関する国庫補助事業において、2005年ごろからこの定義が採用されるようになりました。なかでも2007年3月に「食品トレーサビリティシステム導入の手引き」が改訂されましたが、この改訂委員会において、上記のコーデックス委員会の定義の採用が合意され、実際に盛りこまれています。
参考:「食品トレーサビリティシステム導入の手引き」改訂版、2007年3月発行(10ページに定義があります)
なおコーデックス委員会によるこの定義は、2007年7月に発行したISO22005(飼料及びフードチェーンにおけるトレーサビリティ)にも採用されています。
トレーサビリティは、もちろん履歴管理と無縁ではありません。生産、加工および流通の各段階の事業者が、「(1)どの原料をどの事業者から仕入れたか」「(2)どの製品をつくるために、どの原料を用いたか」「(3)どの製品をどの事業者に出荷したか」といった食品の移動の履歴を記録することは、トレーサビリティを確保する基本です。
しかし、トレーサビリティを「履歴管理」と言い換えることには、3つの問題があると考えます。
第1に、「農薬利用や温度推移などの記録を管理することがトレーサビリティである」とする誤解を生むおそれがあります。たしかに、農薬利用や温度推移など、生産や製造のプロセスにおける作業や状態の記録をすることも、トレーサビリティシステムの目的によっては必要になります。しかし、そうした事業者内部の作業や状態の記録だけでは、食品の移動を把握することはできません。上述の(1)-(3)のような記録が基本です。
第2に、「すべての履歴を管理しなければ、トレーサビリティを確保したとは言えない」という誤解を生むおそれもあります。この誤解は、トレーサビリティ確保に伴う事業者の負担を実際より大きいと感じさせ、事業者にトレーサビリティ確保を尻込みさせる原因になります。
第3に、言い換え語に「管理」という言葉を含めることにより、追跡の可能性や能力を意味する「トレーサビリティ」と、追跡の可能性や能力を高める"仕組み"を意味する「トレーサビリティシステム」とが混同されてしまいます。その結果、「なんらか新しくて特別な仕組みを導入しなければ、トレーサビリティを確保できない」との誤解を生むおそれがあります。
したがって、トレーサビリティを履歴管理という言葉で言い換えるのは、不適切だと考えます。
トレーサビリティのような、あまり認知されていない外来語に言い換え語を付すこと自体は、意義のあることと考えます。その意味で、国立国語研究所の「外来語」言い換え提案には、意義があったと考えます。しかし、国内および海外のトレーサビリティ概念の理解が進展した今、「履歴管理」等と言い換えることは、日本国内においてトレーサビリティという概念への誤解を生む原因となってしまいます。
私たち食品需給研究センターは、「食品トレーサビリティシステム導入の手引き」改訂版の公開や、講演、取材協力等の機会を通じて、トレーサビリティを言い換える場合には、履歴管理ではなく「追跡可能性」を当てるべきと主張してまいりました。しかし、マスメディア各社が国立国語研究所の提案をもとに言い換えのガイドラインを作成し運用していることが多く、「履歴管理」等の言い換え語を当てる記事が後を絶ちません。
私たちは、以上の経緯や問題点を踏まえ、国立国語研究所に対し、トレーサビリティの言い換え提案を改めるよう要望をいたしました。しかし同研究所によると、「外来語」委員会の活動は終了しており、現段階で、「外来語」言い換え提案を見直す予定はない、とのことです。
そこで、このたび国立国語研究所のご理解とご示唆を得て、弊センターから直接、とりわけマスメディアの皆様に、より適切な言い換えを提案することにした次第です。
私たちは、「食品トレーサビリティシステム導入の手引き」を基本とした言い換えが、専門家や業界関係者に限らず、国民にとって最もわかりやすく、誤解が少ないと考えます。そこで、以下の通り提案いたします。
・「トレーサビリティ」の言い換え語が必要な場合は、「追跡可能性」または「追跡能力」を当てること。
・この用語に説明を施すことが必要で、かつ追跡の対象が食品である場合は、「食品の移動を把握できること」と説明すること
・「トレーサビリティシステム」に説明を施すことが必要な場合は、「追跡可能性を高める仕組み」または「追跡能力を高める仕組み」を当てること
マスメディア各社様において、外来語言い換えのガイドライン・基準等を持っておられる場合には、ぜひトレーサビリティの言い換え語を見直して下さいますよう、お願い申し上げます。
社団法人 食品需給研究センターは、農林水産省の外郭の研究機関です。
2002年から、トレーサビリティに関わるシステム設計、手引き書やガイドラインの作成、普及啓発に取り組んでいます。
2006年度には、「食品トレーサビリティシステム導入の手引き」を改訂する委員会の事務局を担当いたしました。
このページについてのお問い合わせ先は以下のとおりです。
(社)食品需給研究センター 「食品のトレーサビリティ」担当:酒井
tel: 03-5567-1993 fax: 03-5567-1934
E-mailでのお問い合わせは
注意
このページの文責は、食品需給研究センターにあります。
このページに記載した情報は、発表日現在のものです。最新のお問い合わせ先は、お問い合わせ先情報をご参照下さい。
一般社団法人食品需給研究センター Food Marketing Research and Information Center
〒114-0024 東京都北区西ヶ原3-1-12 西ヶ原創美ハイツ2F TEL:03-5567-1991(代表) FAX:03-5567-1960